何が変わったか
これまで日本産野生ニホンジカの全ゲノム参照配列は未整備で、既報のニホンジカゲノムも亜種が不明な飼育個体のものに限られていた。集団動態・系統・形質の分子基盤を解明するうえで、信頼できる基準配列の不在が研究のボトルネックとなっていた。
麻布大学、森林総合研究所、アニコム先進医療研究所の共同研究グループが、 長鎖リード技術 (HiFi 長鎖シーケンシング) で構築したエゾシカの国際基準ゲノム配列「CerNipYes1.0」を公開した。推定ゲノムサイズ 3.1 Gb、N50 が 77 Mb、遺伝子完全性 12,562 遺伝子 (99.75%) を達成し、既報のニホンジカゲノム配列を上回る品質を確保した。
社会にどんな影響があるか
主たる影響として、日本における野生鹿研究のインフラが研究基盤として一段階強化される。生態管理の観点から急務になっていたエゾシカの個体数管理 (北海道のエゾシカ食害は林業・農業・自動車事故と多面的損失を生む現実問題) に、分子レベルでの個体識別・系統追跡が応用できるようになる。シカ科で観察される多様な形質 (角の形態、毛色、寒冷適応) の遺伝的基盤研究も加速する。
副作用として、ゲノム情報の公開が密猟・不正取引の助長につながる懸念は微小だが残る。一般的にゲノム配列は密猟者の選択的捕獲に直接利用できる情報ではないため、この副作用は限定的。
ニュースの詳細
ニホンジカは東アジアに自然分布する 14 亜種を含むシカ。北海道に分布する亜種であるエゾシカは、生態・管理の観点から研究が進んでいる。研究グループは北海道の狩猟管理区域で捕獲された雄のエゾシカから筋肉試料を得てゲノム DNA を抽出、HiFi 長鎖リードを取得して高品質な塩基配列をベースにゲノムアセンブリを実施した。
達成された品質指標: 推定ゲノムサイズ 3.1 Gb、スキャフォールド数 1,810 (数が少ないほど長く連続したゲノム)、N50 が 77 Mb (値が大きいほど断片化が少ない)、遺伝子完全性 12,562 遺伝子 (99.75%)。ゲノム中の反復配列は 21.6% と推定され、いずれも既存配列データと同等以上。本ゲノム情報は、シカ科のゲノムサイズ・形質多様性、系統・進化研究に加え、生態・管理の研究基盤として活用が期待される。
キーワード解説
長鎖リード (long read) 技術 とは、DNA 配列を 1 万塩基以上の長い断片のまま読み取る次世代シーケンシング技術。Pacific Biosciences の HiFi、Oxford Nanopore のロングリードが代表例。短鎖リード (Illumina 系) では正確に組み立てられない反復配列・複雑領域の解析を可能にし、参照ゲノム品質を一段階引き上げる。
ゲノムアセンブリ とは、シーケンサーが読み取った断片配列を計算機上でつなぎ合わせて、長く連続した配列 (染色体に近い形) に再構築する作業。N50 (上位 50% の長さ閾値)、スキャフォールド数、遺伝子完全性スコアといった指標で品質が評価される。
N50 とは、ゲノムアセンブリの品質指標で、配列を長い順に並べて累積長が全体の半分に到達した時点での配列長。値が大きいほど断片化が少なく、染色体に近い連続配列が得られていることを示す。本研究の N50 は 77 Mb で、シカ科ゲノムとしては高品質。