Shoji Times

#2026-05-07
20 sources → 24 news printed at 2026/05/09
science culture
心理学、職場に長く留まる人が抱える「見えない心理的負担」を分析、忠誠の透明化と曖昧な喪失の積み重ねを指摘

心理学、職場に長く留まる人が抱える「見えない心理的負担」を分析、忠誠の透明化と曖昧な喪失の積み重ねを指摘

離職率上昇時代に「残る人の心理的損耗」が組織人事の主要論点となり、長期勤続者を可視化する制度設計が経営課題に浮上する

心理学、職場に長く留まる人が抱える「見えない心理的負担」を分析


何が変わったか

これまで企業の人事管理は離職者・新入社員に焦点を当て、長期勤続者は「組織の中核として安定的に働く存在」として制度的に当然視されてきた。

レイカー教授が指摘する「忠誠心の見えなくなる」問題、 長期勤続者の貢献が「当たり前」とされて存在が透明化していく感覚、ウィニコットの「偽りの自己 (False Self)」、ボスの「曖昧な喪失 (Ambiguous Loss)」といった概念が、組織心理学の文脈で再注目されている。同僚が辞めるたびに信頼関係を再構築する不可視の感情労働が、長く残る人を「知られざる消耗戦」で削るとする視点。

社会にどんな影響があるか

主たる影響として、人事管理の論点が「離職率の引き下げ」から「残留者の心理的維持」へと拡張する。勤続記念バッジやニュースレターの一言紹介といった表面的な感謝では、長期勤続者の透明化感覚に対応できない。「曖昧な喪失」を組織として認識し、人間関係の再構築に伴う感情労働を業務の一部として処遇する仕組みが、人事制度設計の課題として浮上する。

副作用として、心理的負担の概念が組織内で過剰に共有されると、「自己の感情を組織が管理対象にする」という別の管理主義リスクを生む。「あなたは曖昧な喪失を経験している」とラベリングされること自体が、社員の自律的な感情処理を阻害する可能性がある。経営側の善意の制度化と社員の主観的体験の保護のバランスが論点になる。

ニュースの詳細

レイカー教授が指摘する第 1 の論点は「忠誠心の見えなくなる」問題。企業は勤続記念バッジやニュースレターでの一言紹介などで表面的な感謝を示すが、日常業務では長期勤続者の貢献は「当たり前」とされ、新入社員や退職者のような注目を浴びない。長く残る人ほど自分の存在が透明化していく感覚を抱き始める。

ドナルド・ウィニコットが提唱した「偽りの自己 (False Self)」は、自分の本心を抑えて他者の期待に応える「仮の自分」を作り上げる状態。仕事を淡々とこなし、文句を言わず、周囲の期待通りに自分を演じ続けることで、本来の感情や不満が抑圧される。長期勤続者はこの状態に陥りやすい構造に置かれる。

第 3 の論点は、ポーリン・ボスが提唱した「曖昧な喪失 (Ambiguous Loss)」の積み重ね。「はっきりとした終わりのない喪失」が引き起こす心理的疲弊で、職場では同僚が辞めていくたびに信頼関係が断片化し、業務の進め方が変わり、居心地の良かった空間が変質していく。そのたびに人間関係を再構築し自分の役割を変化させる必要があり、これは追加業務ではなく感情面での見えない労働を伴う。「仲間を失い続ける孤独感」「自分だけが責任を抱えている圧迫感」が積み上がる。

キーワード解説

偽りの自己 (False Self) とは、英国の精神分析家 D. W. Winnicott が 1960 年代に提唱した概念。母親の期待や環境への適応のため、本来の感情や欲求を抑えて作られた「仮面の自己」を指す。組織心理学への応用では、企業文化への過剰適応で生じる従業員の自己疎外を説明する枠組みになる。

曖昧な喪失 (Ambiguous Loss) とは、心理学者 Pauline Boss が提唱した概念。死別のような明確な終わりがない喪失 (失踪、認知症、移民、離婚等) が引き起こす特殊な悲嘆プロセスを扱う。本記事は職場の同僚離職をこの枠組みで捉え、終わりが曖昧なまま蓄積する喪失体験として位置付けている。

感情労働 (emotional labor) とは、社会学者 Arlie Hochschild が 1983 年に『The Managed Heart』で提唱した概念。仕事として求められる感情表現 (笑顔、共感、平静) を作り出す労働を指す。本記事の文脈では、長期勤続者が「人間関係の再構築」のために行う見えない感情管理労働がこのカテゴリに位置付けられる。

source: ナゾロジー