何が変わったか
知的好奇心の発達は、これまで現代の大学制度・研究費・文化圏ごとの制約に強く依存して論じられてきた。
フランスのジャン・ニコド研究所などの研究チームが、 1700年以前に生まれた学者13,556人 (うち博学者2,317人) の専門分野を Wikidata 等から抽出し、「学問的興味ネットワーク」を構築・分析したところ、地域・時代を超えて知的好奇心が「人間 (哲学・神学・歴史)」「自然 (動物学・植物学・地理学)」「抽象 (数学・天文学・音楽理論)」の3領域に均等 (各3割前後) に分布することが明らかになった。「数学に興味を持つ人は世界中どこでも歴史よりも天文学に興味を持つ」というセット組合せのパターンも普遍的に観察された。
社会にどんな影響があるか
人間の認知的好奇心が文化中立的な構造を持つことが大規模データで初めて示された。人類学・科学史・教育学の領域横断的議論において、「西洋的合理性」「東洋的全体性」のような文化本質主義的な区分が再考を迫られる。各地域の研究比率がどの時代にも均等に保たれていた事実は、近現代の専門分化が外的制約 (制度・資金) によって生じた人工物である可能性を示す。
副作用として、データソースは Wikidata 等の編集データに依存しているため、欧州学者偏重バイアスは無作為抽出で調整したものの、そもそも「学者」として記録された人物の選別バイアス (識字層・男性中心など) を完全には排除できない。3領域の普遍性も「記録に残った好奇心」の普遍性であり、人類全体の好奇心構造ではない可能性がある。
ニュースの詳細
研究チームは13,556人の学者をノードとし、複数専門を持つ博学者の組合せから「学問的興味ネットワーク」を構築。地域偏重を防ぐため非欧州データに対し欧州データを同数無作為抽出し「グローバル版」を作成、欧州・非欧州それぞれの専用ネットワークを Weighted Jaccard 類似度で比較した。具体例としてイスラム世界のアル=フワーリズミー、中国の徐岳、西洋のパスカル・コペルニクスなど文化圏を超えて「哲学×数学」「天文学×数学」「神学×歴史」のセット組合せが繰り返し観察された。研究著者の一人ユゴー・メルシエは「抽象領域に関心を持つ学者の割合がどの地域や時代でも非常に似通っていたことは驚き」と述べる。
キーワード解説
ポリマス (polymath, 博学者) とは、複数の異なる学問分野で実質的な業績を残した人物を指す英語表記。レオナルド・ダ・ヴィンチやイブン・スィーナー (アヴィセンナ) が代表例で、近代以前は珍しくなかったが、19世紀以降の専門分化で激減した。
Weighted Jaccard 類似度 とは、2つの集合がどれだけ重なっているかを要素の重み付きで計算する類似度指標。0 (全く重ならない) から 1 (完全一致) で表現され、ネットワーク構造の比較・推薦システム・自然言語処理で広く使われる。
ジャン・ニコド研究所 とは、フランス・パリの認知科学研究機関で、CNRS・ENS・EHESS の合同ラボラトリ。哲学者ジャン・ニコド (1893-1924) にちなんで命名され、認知哲学・進化心理学・科学史の領域横断研究を強みとする。