何が変わったか
これまでハンタウイルス感染症は、げっ歯類の排泄物・唾液から空気中の粒子経由で人間に伝染する人獣共通感染症として扱われ、ヒトーヒト感染は極めて稀とされてきた。
クルーズ船 MV Hondius で発生したアンデス種ハンタウイルス感染で、乗客・乗員約 150 人が本国送還を開始し、各国が異なる隔離プロトコルを実行する事態となった。スペインへの帰国者は軍病院で 1 週間の裁判所命令隔離、米国へは Nebraska Medical Center で評価後に施設または自宅で 42 日間、英国へは病院で 72 時間の経過観察後に施設または自宅で 45 日間の隔離となる。
社会にどんな影響があるか
主たる影響として、潜伏期間が 9〜40 日と幅広いウイルスの国際船舶感染管理プロトコルが現実の事例で初めてストレステストにかけられる。UCLA の分子ウイルス学者 Vaithi Arumugaswami 氏は「目の前で進行するリアルタイムの実験」と表現する。WHO は曝露者の 42 日間隔離を推奨しているが、これに従わない国もある。
副作用として、ヒトーヒト感染の効率に関する知見が不足したまま政策判断が下されている問題が顕在化する。Chile の Pontifical Catholic 大学の Jennifer Angulo 氏によると、感染リスクが最も高いのは性的パートナーやベッド・寝室を共有する間柄で、軽症期の長時間密接接触が必要とされる。Queensland 大学の Rhys Parry 氏は「症状が曝露から数週間後に出ることもあり、潜伏中の感染を捉えるための十分な期間が必要」と説明する。
ニュースの詳細
アルゼンチンで現在進行中の感染拡大の中、乗船前に感染した一人が船内で他乗客に伝染させた可能性が高いと WHO は分析する。少なくとも 6 人が確定診断され、2 人が疑い例、3 人が死亡している。米国到着便ではフランス人 1 名が避難中に症状を呈し、米国到着前に米国民 1 名が陽性判定されている。アンデス種ハンタウイルスは数あるハンタウイルス種の中でも例外的にヒトーヒト感染が報告されている亜種で、過去研究 (Martínez et al. 2020, NEJM) で潜伏期間 9〜40 日が確認されている。
キーワード解説
ハンタウイルス とは、ブニヤウイルス目に属する RNA ウイルスの一群で、げっ歯類を自然宿主とする人獣共通感染症の病原体。北米・南米型はハンタウイルス肺症候群 (HPS)、ユーラシア型は腎症候性出血熱 (HFRS) を引き起こす。アンデス種は例外的にヒトーヒト感染が報告されている。
潜伏期間 (incubation period) とは、感染から症状発現までの時間。検疫期間の設計はこの最大値を基準に決められ、ハンタウイルスの 40 日近い潜伏期間が今回の隔離期間 (42 日・45 日) の根拠となっている。
WHO (世界保健機関) とは、国連の専門機関で公衆衛生に関する国際的な指針を出す。感染症の検疫プロトコルやアウトブレイク対応の標準策定を担うが、各国の具体的執行はそれぞれの法制度に依存し、今回のように国ごとに異なる隔離期間が発生する事例が日常的に起こる。